ニシエヒガシエ

140文字に納まらないときに使う場所

変わらない、新しい日々

わたしは競馬場とはとても寛容な場所だと思っている。

ひたすら馬券を買うことも出来る、写真を撮りながら楽しむことも出来る、

芝生の上でピクニックしながら楽しむことも出来る。

厩舎・騎手・馬の顔・血統・毛色…「好き」の切り口が無数にある。

普段は競馬場にいる全員がそれぞれの楽しみ方を持っていて、

理不尽にその領域が侵されない限り、お互いを尊重しながら1日を過ごしている。

 

だから、時折現れる「絶対的なヒーロー」が正直苦手だ。

その馬のために1日があるような競馬場は、

いつもの寛容さを失ってしまったように思えて、とても居心地が悪い。

それがたとえ障害界のスーパースターであっても。

 

7月7日の福島競馬場は朝から異様な熱気に包まれていた。

オジュウチョウサンの約3年半ぶりの平地競走への出走。

しかも鞍上はトップジョッキー・武豊J。

週中から500万下の特別戦とは思えないほどの記事があふれ、

他の馬が勝つことはありえない、という雰囲気が形成されたように思えた。

 

グッズ販売には長蛇の列が並び、

最初は並んでいたわたしも、1Rの障害未勝利のパドックに間に合わず、

結局途中で抜けてしまったほどだった。

 

7Rの出走馬が地下馬道へと向かったころには、

パドックの最前列が9Rの周回開始を待つ人で埋め尽くされ、

9Rの直前には、GⅠのように多くの人で溢れていた。

 

周囲が盛り上がれば盛り上がるほど、わたしの肩身はどんどん狭くなる。

オジュウチョウサンにはやっぱり障害を走ってほしい?

ここで勝ったらもう戻ってこなくなるかもしれないから嫌だ?

そういう話ではない。ただただ寛容さを失ったその場が辛かった。

 

パドックの最後の1周、隣に立っていた女の人が、

本当に勇気を振り絞ったように「バリンジャー、ずっと応援してるよ、頑張れ!」

と小声でつぶやいていた。

きっと彼女も同じように肩身の狭さを感じていたのではないだろうか。

 

レースの結果については詳しく触れるまでもないだろう。

オジュウチョウサンは鮮やかに久しぶりの平地競走を勝ってみせ、

現地はこれまたGⅠのような盛り上がりに包まれた。

応援馬のグリントオブライトが負けてしまったことは関係ない。

自分はその場にふさわしくないように思えて、急いで離れた。

 

昨今の障害競走の盛り上がりは、

その「絶対的なヒーロー」の存在があったからこそだということは、

痛いくらいに感じている。

 

ただ、そのヒーローには、王座奪還を狙うライバルがいた。

下剋上を果たそうと、果敢に挑戦する他の馬もいた。

圧倒的な強さに、他の馬がどう立ち向かっていくのか、

そこには他馬にも想いを重ねることが出来る寛容さがあった。

土曜日の盛り上がりとは全く違うものだ、とわたしは思っている。

 

オジュウチョウサンは、有馬記念を目標に、

今年は障害競走は使わないことが表明された。

 

その状況でわたしに何ができるか。

「障害レース」そのものの魅力より、

オジュウチョウサンのスター性や分かりやすい強さに惹かれた人が多いことは、

土曜日の状況を見てよく分かった。

 

グッズは飛ぶように売れるが、

ほとんどの人は1Rが障害未勝利だったことは考えていなかっただろう。

(現地で会った知人が『グッズを売っておいて、障害を見られないスケジュールはありえない。4・5Rにするか、思い切って12Rにやるぐらいじゃないと意味ないだろう!』と憤っていた。共感しかない)

あれだけ盛り上がった中山グランドジャンプも、

上半期のGⅠプレイバックのVTRには含まれていなかった。

 

そんな現状を、なんとかして打開しなくてはいけない。

オジュウチョウサンがずっと障害を走っていたにせよ、

いつかは引退の時が来る。

その後、またJ・GⅠのパドックが閑散としてしまっては、何も意味が無いのだ。

 

障害競走自体の魅力。

飛越の美しさや、長丁場ゆえの駆け引きがある。

ジョッキーの得意なコースや脚質、

数が少ないからこそ、駆け引きを想像して馬券を買う楽しみがある。

(読みがはまったときの喜びの大きさと言ったら!)

平地と比べてどちらがどう、という話ではない魅力をもっと伝えていきたい。

 

1人の力では微々たるものだろう。

でも何もしなければ何も変わらない。

 

わたしが最初のブログを立ち上げたときは、

誰が読んでくれるかも分からないまま、ひたすら障害競走について書いていた。

こうしていれば、いつかきっと誰かが気付いてくれるはず…

根拠はないけどそう信じていた。

 

今、本当に多くの縁に恵まれて、

わたしの周りにはたくさんの障害競走を熱く応援する人がいる。

またあの時のような初心に立ち返り、

少しでも障害競走の魅力を伝えていけるようにしたい。

 

今週末の福島競馬場は、

また元のような寛容さを取り戻し、

いろいろな楽しみ方をする人で溢れると思う。

わたしは障害競走を追って中京競馬場へ行く。

 

まずは横断幕を出し、写真を撮ってレースの様子を伝える。

いつもと変わらない、でも新しい日々の始まりである。